5400坪の《巨大廃墟》が「古代神殿」のような姿に…かつて'社員旅行の聖地'として栄えた温泉街、いま進む「異例の再生」(東洋経済オンライン)

5400坪の《巨大廃墟》が「古代神殿」のような姿に…かつて'社員旅行の聖地'として栄えた温泉街、いま進む「異例の再生」(東洋経済オンライン)
View on original source
Category: Tourism
Share
Archive
Like
かつてにぎわいの象徴だったこの場所は、なぜこれほど巨大な「空白」を抱えることになったのか。その答えを探るため、まずはこの街の70年を振り返ってみたい。 ■「関東の奥座敷」と呼ばれた新婚・団体旅行の聖地 水上温泉の歴史は、もともと「湯原の湯」という小さな温泉から始まる。かつてこの地区には2〜3軒の旅館が軒を連ねるだけの、小ぢんまりとした湯治場だった。 転機が訪れたのは1928年(昭和3年)のことだ。上越線が水上駅まで延伸されると、東京方面からの浴客が一気に増え始めた。さらに1931年(昭和6年)に当時「東洋一」とうたわれた清水トンネル(9702m)を通って上越線が全面開通すると、群馬と新潟を結ぶ交通の要衝としての地位が確立し、旅館が次々と建てられていった。いつしか「湯原の湯」は、利根川の水源に近い土地を意味する「水上温泉」と呼ばれるようになり、草津温泉、伊香保温泉と肩を並べる県内有数の温泉地へと成長した。

(0)Comments

 

A note on cookies

Newshunt uses essential cookies to keep you signed in and to remember your language and country, so the site works the way you expect. With your permission, we'd also like to use analytics cookies to understand how people use Newshunt and improve it over time.

Accepting only affects analytics. To learn more, view our Privacy Policy or Terms & Conditions.